先日、娘の入園式に行ってきました。
ホールに入ると少し前の席のお母さん方が7人くらいで横を向いて話をしていました。
その話は式が始まり「園長先生の話」「その他先生の話」の間もその話は止まりません。
園長先生のお話の内容は、安全の話、あいさつの話、友だちを作ろう等の話でした。
その間、そのお母さん方は全く聞く耳を持っていませんでした。
しかし、年長さんの歓迎の歌が始まると話は止み、少し背を伸ばして一生懸命前を観ています。自分のお子さんがおられるのでしょうね、手を振ったりされています。
年長さんの歌が終わると元の状態に戻りとうとう最後まで自分たちの話で盛り上がっていました。
固い話をすると、最近子どもたちの教育についての話題が取沙汰されていますが、その前に、この大人たちを誰が注意するのでしょうか。幼稚園の先生も聞こえているのに何も言いませんでした。狭いホールなのにマイクを使用する理由がよく分かりました。
最近の新聞での話は、昔は「親は無くとも子は育つ」今は「親がいても子は育たない」だそうです。
自分に関係ないことはどうでもいい、素朴なルール・マナーを守れない、損得で判断する、子どもよりも自分等と掲載されていました。
人の振り観て我が振り直せですね。気を引き締めて頑張ります。
最近、茶うす山グラウンドで自主的に石拾いをしてくださっている親御さんがおられました。そんな親の姿を見れるお子さんは幸せだなと思いました。子どもは親の言葉で育つのではなく親の姿で育つからです。
ある親御さんは「自分の子どもには感謝の気持ちを持ってほしい。」と話されていました。その方も熱心に石拾いされていました。そこにある無言の教えに感動します。
茶うす山グラウンドを「不便」、「石が多い」と感じる人もいれば、「専用グラウンドに感謝」と感じる人もいます。
茶うす山グラウンドに感謝されていない方がいれば、僕の説明不足として大いに反省しなくてはいけません。
これからたくさんの方々に感謝していただけるように活用していきたいと思います。
また感謝を教える場所としても活用していただきたいと思います。
選手たちにおいてはFC solceuの方針の「良いサッカー選手である前に、良い人間であれ」を目指して茶うす山グラウンドの個人の美化責任ゾーンを決定しました。
“心をきれいに”するために、掃除、石拾い、草抜きをします。
“心を強く”するために1年間継続して自分のゾーンの責任を果たします。
先人の教えに従い、一歩ずつ前進していきたいと思っています。
サッカー選手としての評価はいろいろあると思います。
しかし、人間としての評価に勝ることは決してありません。
人間としての評価に何が必要かを子どもに教えることが重要だと考えたとき、大人としてのあるべき姿が見えてくるのかなと思います。